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【アラベスク】  第10章 カラクリ迷路



第2節 土曜日のギャンブル [19]




 年下だと思って、少し優しく応対し過ぎたかしら? その甘いお顔を歪ませるのは忍びないと思っていたけれど、私の誘いを断るなどといった非礼は許しがたい。特にこのような準公然とも言える場所に置いて、私の面目を潰すような行為を許してしまえば、今後他の生徒にまで私の存在を軽んじられる危険性も出てくるわね。
「よくお考えになって」
 華恩は左手の人差し指をピンと立て、薄いピンクで飾られた唇に当てる。
「あなたをお誘いしているのが、いったい誰なのかという事をね。そして、この唐渓高校において、私からの誘いを断るという行為が、いったいどのような意味になるのか? という事もね」
「意味などないさ」
 瑠駆真は身体を反転させ、再び華恩と向き合い、簡潔に答える。
 相手が仮面を外し始めているのだ。こちらもこれ以上茶番を演じる必要はないだろう。
 続ける言葉からは、相手を上級生として敬う態度が薄れつつある。
「僕はとある上級生にお茶会とやらに誘われた。僕はそれを断った。それだけのコトさ」
「なんて失礼なっ」
 華恩の後ろから怒声が飛ぶ。
「華恩様にむかって、とある上級生などといった表現はあまりに失礼ですっ」
「そうですわっ! 華恩様を他の生徒と同一視するなど(もっ)ての(ほか)
「他の生徒とどこが違う?」
 瑠駆真は華恩を上から下まで、まるで品定めでもするかのように眺め回す。
「特別見栄えのするような存在とも思えないな」
「なん、て、ことを」
 怒りと羞恥のあまり、華恩はそれ以上声も出ない。
 よりによって、転入時より美しいと惚れてきたその円らな瞳に眺められ、見栄えしないと言われてしまう。華恩にとって、これほどの屈辱があろうものか。
 一目見たときから、欲しいと思った。
 その瞳に見つめられ、言い寄られ、求められる日が来るのを夢見ながらこの半年。いや、夢で終わるはずなどない。いつか必ず現実となり、山脇瑠駆真は自分の隣で、自分だけを見て過ごす事になるのだと、そのような日が来るのは当然の事だと信じて疑った事などなかった。
 大迫美鶴などと言う下賤な輩に心惹かれていると知らされた時も、そんなものは一時(いっとき)の気の迷いで、いつかこの自分の存在に気付く時が来るのだと信じきっていた。
「あなたは、副会長という存在の意味を、ご理解していらっしゃらないようね」
 必死の思いで胸の内を隠し、華恩は怒りで掠れそうになる声を振り絞る。
 この想い、知られてはなるまい。なぜならば、想い慕うのは山脇瑠駆真の方であって、自分の方から相手を求める事など、あってはならないからだ。
「私がじっくりと教えてさしあげます」
「理解するというよりまず、興味がない」
「興味なんて必要ありませんわ」
 質問を軽く()なすような相手の対応に、それでも語気を落ち着けようと試みるのは、瑠駆真に対してまだ想いがあるから。
 東洋と西洋とをほどよく混ぜ合わせた、まるで上質な織物のような風貌。長身から見下ろす視線には、甘さの中にどこか切なさ。
 諦めきれない。
「興味なんて必要ありません。副会長から誘いを受けたという、その重要性を理解して頂ければそれでいいの」
「そんな、権力に(まみ)れた重要性なんて、理解したくもないさ」
 吐き出すように告げ
「僕は権力の意味なんて、理解したいとも思わないよ。思わないし」
 と、そこで一度言葉を切り、眉根に力を込めて相手を見据えた。
「君という異性にも、興味はない」
「――――――っ!」
 華恩は瞠目し、他の一同は息を呑む。一部の者は両手で口を抑え、ある者はなぜだか胸の前で祈るように両手を組む。
「今、何…… を?」
 異性? 私という異性? それはどういう?
 華恩はそこまで考えを巡らし、だが次の瞬間には目を見開き、途端に顔を緩へ向けた。髪の毛が振り乱れ、芳香が辺りに撒き散らされる。
「緩さんっ!」
 怒鳴られ、緩は弾かれたように背筋を正す。
「はいっ!」
 突然名を呼ばれ、ワケが判らず返事をするが、その蛇のような華恩の視線を見るや、緩は慌てて大口を開けた。
「違いますっ」
 まず一言。
「違います。私ではありませんっ!」
「あなたでなければ誰が原因だと言うの?」







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